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私の人生の4楽章は癌との二人三脚
李ソン優 2009-09-22

私の人生の4楽章は癌との二人三脚

 

 

CT,MRI、ERCPなどの先端映像医療器具は私に癌という診断を下した。

それも手術や放射線治療、抗癌治療さえもできない状態であり、短ければ2,3ヶ月、長くとも1年しか生きることができない世にも珍しい、そして致命的な「肝內 膽道癌- Biliary Papillomatosis」にかかっていると診断された。J大学病院で診断を受けて一ヶ月が経った今も、1年を生きながらえることができない不治の癌にかかっているという実感が私には、ない。一ヶ月間私はインターネットで情報を集めたが肝內 膽道癌を完治させる治療方法は皆無だという。患者の苦痛を軽減させたり、一時的に生命を延長させる姑息的治療によって膽管に人口管を挿入したり経皮経肝胆道ドレナージで膽汁を脇腹から排出させる方法が唯一にして最善の方法だといいます。StentについてはJ大学病院は説明さえしてくれなかった。

 


私の病気について。。。自ら理解しようとしなければいけない

 

私は短い期間だったが集中的にウェブサイトを訪問しPDFファイルで編集された国内外の30の論文と多くの情報を読み漁って勉強した。その中で何よりも残念だったのは一般患者が接することができる医療情報の圧倒的に不足しているという事実だった。多くの医者は患者が満足できるほど病気について説明してくれない。1日に200人も治療しなければいけない医者にそんな期待をかけるのは土台無理があるというものだ。これが我々が直面している医療の現実である。そのため患者は自分がどういった病気なのか、どんな治療法があるのか、世界的に最先端の治療方法はどういうものななのか、国内で診療可能な名医はどこにいるのか、といった内容を自ら情報収集しなければいけない。

 

 

自分の病気に無知な患者は医者の処方に従うしかない。しかし医者はただ自分の知識と経験の範囲の中で患者を治療しているのだ。万が一新しい治療法が開発されているとしても主治医がその情報を知らなかったり、新しい治療法に関心を持たない医者の場合、不幸にも患者は完治する道が閉ざされてしまうのだ。いや道が閉ざされたということに気づかない人すらいるだろう。悲劇だとしか言いようがない。

 

患者は自らの病気について知れば知るほど、選択可能な医療機関と名医に関する情報を持っていれば持っているほど、完治への道を経済的に歩むことができる。

 

A・トフラーの著書「第三の波(The Third Wave)」の中で「現代は情報化の時代」という主張したが、これは病気を治療していく過程でも切実に要求されるないようだ。特に私のように珍しい病気にかかってしまった場合は特にだ。病気は医者が治療してくれる。しかし治療の主体は患者自身でなければならない。患者は主体的に治療の方法を選択し、その治療の計画を主治医と充分に相談しなければいけない。そのためにはまず患者自身が病気について熟知していなければいけない。

 

私は診療の為に入院していた短い期間に国内で発行された癌に対する本を20冊ほど読破した。その中で非常に参考になった本は2冊だけだった。前ソウル大学病院院長ハンマンチョン博士の「癌と闘わずに友達になれ」、前ソウル大学病院副院長そして金泳三大統領主治医を務めたコチャンスン博士の「癌に絶望するな」という本である。

 

残りの本は、私はこうして癌を克服したといった感じの内容だった。まるで戦場で死線をくぐり抜けてきたかのような武勇談ばかりだった。しかしこれといって参考になるような治療法や技術に関しては全く教えてくれなかった。少しばかりの自分の体験に無駄に多い医学的な常識や食事療法、食品の効果などでページを埋めるているだけだった。こういった本は全く参考にならなかった。

 

癌を克服し打ち勝った人と違い私は癌の宣告を受けたばかりで、闘病生活を始めたばかりである。一ヶ月半の短い期間ではあったが私には辛く長い時間だった。医療情報の不足さに苛立ちを覚えない日は一日としてなかった。もしかすると私と同じような境遇の人がいるかもしれないと思うと、その人達に少しでも力になりたいと思った。また健康な人へも如何に健康を守ることが大切であるかを知ってもらうために長くて退屈な、それでいて暗く陰鬱な時間をこの文章を書くことに集中しようと思う。この文章を通じて余名幾ばくも残っていない自分の人生を振り返り、整理することもできるかもしれない。


今私は完全に他意によって私の命を担保にとられながら最後の挑戦を強いられている。それも勝てる勝算がほぼ無い、とても不利な挑戦だ。この闘病記を最後まで書ききれるのか、それとも途中で断念するのかは私自身にもわからない。終わりの見えないこの癌との闘いを始めながら、私が選んだ治療と瞬間瞬間に感じる事をここに残していきたいと思うが、見たとおり文章の才覚も乏しい人種のため私が思っているほど参考になるようなものになるのか、またどれほど書き残せるかは天のみぞ知るといったところである。

 


 

この文章を送ってくれたイソヌさんは去年の12月に癌の診断を受けて今年3月にS病院で手術を受けました。完治を望めないこの病気に対して、自己治癒能力と免疫力向上に焦点を当てた治療をすることを決めて手術後に便康韓医院に通われ”便康湯”を服用しておられます。

この文章はイソヌさん本人の治療過程とその想いを綴ってくれたものです。

尊厳死を迎えるための宣言文
最後の掲示物です